最新更新日 : 2024/02/25 更新履歴 : 2023/12/14, 08/04, 2023/05/20
ラザロ・ヴィニシウス・マルケス
Lázaro Vinicius Marques
ポジション:攻撃的ミッドフィルダー/メイア・オフェンシーヴォ(Meia Ofensivo)、フォワード/アタカンチ (Atacante)
利き足:右
2002年3月12日生まれ
<クラブ経歴>
≪育成時代・フラメンゴ≫
ミナスジェライス州の州都ベロオリゾンテに生まれる。リオデジャネイロ州リオ・ダズ・オストラスのサッカースクールで抜きん出た活躍をしていたラザロは、スクール長の勧めでフラメンゴの入団テストを受ける。2010年、テストに合格したラザロは8歳でフラメンゴの下部組織に入団する。
2017年、15歳にしてU-17チームに昇格。
2018年にU-17コパ・ド・ブラジルを制覇。
翌2019年8月にはU-17全国選手権を制覇。この大会では2位に6ゴール差をつける14ゴールを挙げ大会得点王を獲得する。その勢いのまま、2019年10月、ブラジルで開催される FIFA 2019 U-17W杯 に向けて招集される。 U-17W杯後は、クラブでU-20チームに参加し、U-20全国選手権を制覇。さらにはトップチームのトレーニングに参加するようになる。
≪フラメンゴ≫
– 2020, 2021 –
翌2020年、正式にトップチームに昇格し、9月27日の全国選手権第12節アウェイのパウメイラス戦で後半34分に交代出場し、プロデビューを果たす。しかし、層の厚いフォワード陣の中、出場機会は限られ、2020、2021年の2年間は計17試合405分の出場にとどまる。
– 2022 –
2022年、パウロ・ソウザ(Paulo Sousa, 1991-2002年ポルトガル代表監督)の監督就任を期に状況が一変する。
パウロ・ソウザは就任初日からラザロに声をかけた。その後も常に、ラザロの改善点、長所、そして欠点を分かりやすく伝えた。そして、ラザロも熱心に耳を傾けた。パウロ・ソウザはラザロを複数のポジションで試し、最終的には左のウィングバックに適性を見出す。そして、前任のホジェリオ・セニ(Rogério Ceni)やヘナト・ガウーショ(Renato Gaúcho)が要求していたインテンシティではなく、ラザロに運動量を要求した。ラザロも「行ったり来たりで体が悲鳴を上げそうになる時もあるけど、ベストを尽くして試合を支えていかないとね。」とその要求に応える。
2022年2月20日のアトレチコ・ミネイロとのスーペルコパ、後半18分、エヴェルトン・ヒベイロ(Éverton Ribeiro)と交代でピッチに立つと、その1分後、自陣からのカウンター攻撃でアシストを記録することになる絶妙のパスをFWブルーノ・エンヒキ(Bruno Henrique)に通し、チーム内に揺るぎない信頼を勝ち取った。 このスーペルコパでは、引き分けによるPK戦の第1キッカーを任せれ、冷静にゴールネットを揺らすことになる。
この試合を機に試合出場を増やしていく。 残念ながらパウロ・ソウザは6ヵ月を待たずして解任された。しかし、後任のドリヴァウ・ジュニオール(Dorival Júnior)体制下では新たに「偽9番」の役割を任され、その期待に十分に応え、チームの躍進に貢献する。
2022年4月下旬、パウロ・ソウザ監督のもとで左ウィングバックとしてレギュラーの座を不動のものにした頃のインタビュー記事で、ラザロは何度も「まだまだ成長の余地はいくらでもある。いくらでも進化できる。」と言い、それを叶えることができる環境に恵まれていることに、そして、ブラジルとは異なるサッカー観を伝えてくれるパウロ・ソウザ監督やコーチ陣に、感謝の言葉を繰り返した。
また、その頃には取りざたされるようになっていた海外移籍について話が振られると、「U-13の頃から中盤から前線にかけて、いろいろなポジションや役割を経験して学んできたけど、今はトレーニング場の身近な所にそういったポジションの生きた教科書が何人もいるんだ。そんな恵まれた環境の中で過ごせて幸せに思う。シーズンの最後にはみんな一緒に笑顔で祝福しあえるといいね」と語っていた。
しかし。
≪アルメリア≫
– 2022/2023 –
2022年9月1日、70%の保有権に対し700万ユーロの移籍金でアルメリア/ESPへの移籍が発表。学びの場はヨーロッパへと移る。
9月12日、ラ・リーガ第5節オサスナ戦。後半26分、途中出場でクラブデビューを飾る。
9月17日、第6節マジョルカ戦。スターティングイレブンに名を連ねる。
10月29日、第12節セルタ・デ・ビーゴ戦。後半開始から出場。後半7分、右サイドでゴールライン際までドリブルで持ち上がったレオ・バチスタォン(Léo Baptistão)からのマイナスのグラウンダーのボールに対し右足を振り抜き、ラ・リーガでの初ゴールを記録する。
2023年4月29日第32節レアルマドリード戦は、11月13日のコパ・デル・レイ以来、ラ・リーガでは9月30日以来のスタメン出場。前半終了間際、大きく開いたディフェンス陣の間に駆け上がりポジションをとると、左サイドからのクロスにフリーで足を合わせるゴラッソ。半年ぶりのゴールを記録する。
2023年5月20日第35節マジョルカ戦にスタメン出場。前半12分、42分、後半13分にゴールを決めハットトリックを達成。チームは残留争いに巻き込まれていたが、この試合はラザロの3得点で3-0で勝利を収め、貴重な勝ち点3を積み上げた。また、第32節には先発出場で1得点、第34節にも途中交代出場から試合終了間際に得点を記録しており、出場機会3試合連続ゴールとなった。
– 2023/2024 –
2023/24シーズンは、チームはルビ(Rubi)監督からビセンチ・モレノ(Vicente Moreno)監督に監督が交代。ラザロは開幕節ころ先発出場を果たすが、後半開始時にベンチに下がると、第2節以降は後半終盤の途中交代やベンチを温める試合が続く。 成績不振を理由に監督が交代し、第10節からガリタノ(Garitano)監督が指揮を執るが、第11節で先発に抜擢されるも後半18分に交代。2023年12月14日現在は、ラ・リーガでは再び途中交代出場やベンチを温める試合が続いている。
≪パウメイラス レンタル元:アルメリア≫
– 2024 –
2024年2月9日、パウメイラスへの2024年末までの期限付き移籍加入が同クラブより発表された。 パウメイラスは、ここ数年左ウィングで主力を務めたFWドゥドゥ(Dudu, 1992)が膝に重傷を負い復帰が2024年後半と見込まれ、2024年7月にはFWエンドリッキ(Endrick, 2006)の移籍が決まっているため、スピード豊かで欧州での成長の跡が見られるラザロに白羽の矢が立った。
2024年2月15日サンパウロ州選手権第8節サンベルナルド戦の後半40分に交代出場でクラブデビュー。 その後2試合は出場機会に恵まれていないが、ピッチに送り出される機会を虎視眈々と待ち構えている。
≪シーズン別クラブ成績≫
シーズン | 所属 | 大会 | 試合 | 出場 時間 | 得点 | アシ スト |
---|---|---|---|---|---|---|
2020年(18歳) | フラメンゴ | リベルタドーレス | 1 | 45 | 0 | 0 |
全国選手権 | 2 | 22 | 0 | 0 | ||
コパ・ド・ブラジル | 1 | 11 | 0 | 0 | ||
合計 | 4 | 78 | 0 | 0 | ||
2021年(19歳) | フラメンゴ | 全国選手権 | 7 | 140 | 0 | 0 |
コパ・ド・ブラジル | 2 | 46 | 0 | 0 | ||
州選手権 | 4 | 141 | 0 | 1 | ||
合計 | 13 | 327 | 0 | 1 | ||
2022年(20歳) | フラメンゴ | リベルタドーレス | 7 | 188 | 1 | 2 |
全国選手権 | 21 | 818 | 4 | 2 | ||
スーペルコパ・ド・ブラジル | 1 | 27 | 0 | 1 | ||
コパ・ド・ブラジル | 5 | 129 | 1 | 0 | ||
州選手権 | 11 | 573 | 2 | 2 | ||
合計 | 45 | 1735 | 8 | 7 | ||
2022/23年(21歳) | アルメリア/ESP | ラ・リーガ | 19 | 711 | 6 | 0 |
コパ・デル・レイ | 1 | 54 | 0 | 0 | ||
合計 | 20 | 765 | 6 | 0 | ||
2023/24年(22歳) | アルメリア/ESP | ラ・リーガ | 14 | 275 | 0 | 0 |
コパ・デル・レイ | 2 | 100 | 0 | 0 | ||
合計 | 11 | 304 | 0 | 0 | ||
2024年(22歳) | パウメイラス | 州選手権 | 1 | 5 | 0 | 0 |
合計 | 1 | 5 | 0 | 0 |
イタリック斜体は2024年2月25日現在の記録。 ※ シーズン欄の年齢は、12月31日時点の年齢です。
<代表(世代別含む)経歴>
2019年10月、ブラジルで開催されるFIFA U-17W杯2019に向けて招集。大会直前のアメリカとの練習試合でカイオ・ジョルジ(Kaio Jorge, 2002年1月24日, 当時サントス、2022年11月現在ユヴェントス/ITA)と交代でピッチに立つ。本大会に向け、スーパーサブとしての役割を担う。
2019年11月1日、FIFA U-17W杯2019予選グループラウンド第3節アンゴラ戦の後半30分に当大会で初めてピッチに立つ。
11月14日、準決勝フランス戦は前半を0-2で折り返す苦しい展開。後半17分カイオ・ジョルジが頭で起死回生のゴールを挙げ、1-2で迎えた後半26分に交代出場。試合は後半31分ガブリエウ・ヴェロン(Gabriel Veron, 2002年9月3日, 当時パウメイラス、2022年11月現在ポルト/POR)のゴールで追いつく。 そして、試合終了間際の後半89分、ラザロは、後方からのフィードをペナルティエリア左で受けると、ディフェンダーをフェイントでかわし右足一閃、決勝進出を決める強烈なシュートをニアに突き刺す。
11月17日の決勝メキシコ戦、準決勝に引き続き相手に先制点を許す苦しい試合展開の中、ラザロは準決勝と同じく後半26分にピッチに立つ。後半39分、VARの介入で得たPKをカイオ・ジョルジが冷静に決め同点に追いつくと、試合はアディショナルタイムに突入する。その2分後、右サイドバック ヤン・コウト(Yan Couto, 2002年6月3日, 当時コリチバ、2022年11月現在ジローナ/ESP(マンチェスターシティ/ENGからのレンタル))からのクロスに対して、エリア左から中央に走り込み右足でダイレクトボレー。優勝を呼び込むゴラッソを決める。
≪シーズン別代表成績≫
年 | 開催日 | 大会・対戦相手 | 試合 | 出場時間 | 得点 | アシスト |
---|---|---|---|---|---|---|
2019年(17歳) | U-17南米ユース選手権 | 3 | 68 | 2 | 0 |
<エピソード、雑感 etc.>
フラメンゴ下部組織出身としては、ルーカス・パケター(Lucas Paquetá, 2022年11月現在ウェストハム/ESP)やヴィニシウス・ジュニオール(Vinícius Júnior, 2022年11月現在レアルマドリード/ESP)のようなスーパーな選手ではない。しかし、非常にポリバレントな選手だ。幼少から様々なポジションでプレーし、U-17W杯では左ウィング、パウロ・ソウザ監督のもとで左ウィングバック、ドリヴァウ・ジュニオール体制では偽9番としてプレーした。
ラザロは、ダイヤの原石というよりも、打つ者の思い一つで幅広い用途で様々に形を変えることができる『赤く燃えた鉄』のような存在だ。しかも、その鉄は、本人が「まだまだ成長、進化すべき点はある」というように、指導者や回りの選手から貪欲に学ぼうとする意志をもっている。
今後も様々なクラブで、多種多様な監督のもとで、多種多様なプレーを吸収し、様々なプレースタイルを披露してくれるだろう。
いつの日か、ラザロが代表のユニフォームをまとい、選手やその家族、サポーターのみんなが一緒になって笑顔で祝福しあっている、そんな姿を見てみたい。
(2023年12月14日追記) 2023年12月14日現在、ラザロが所属するアルメリアは、2023/24シーズンはコパ・デル・レイに敗退、ラ・リーガでは16試合を4分12敗と結果が出ず苦しんでいる。ラザロも与えられた出場機会で結果を残せず、300分の出場で記録上の得点関与はない。 しかし、U-17W杯決勝での決勝ゴールや、残留争いに苦しんだ2022/23シーズン終盤のハットトリックなど、ここ一番での集中力と勝負強さ、それらを試合で発揮できる技術は簡単には色褪せないはず。監督交代後は少しずつだがプレー時間も増えてきており、ゴールという結果を残し、チームの巻き返しに貢献したい。
(2024年2月25日追記) 2024年2月9日、母国ブラジル、パウメイラスへの期限付き移籍が発表された。記者会見の場でラザロは「幼い頃からの夢だった欧州でのプレーが実現した。チャンスを掴むことができていれば良かったけれども、多くのことを学ぶことができた。3度の監督交代があり、それぞれのスタイルに適応することが難しかったが、それは問題というよりも成長への一つの過程だと捉えている」と話した。 「ブラジルに戻ったことはキャリアの後退と言われることもあるが、近年リベルタドーレスや全国選手権などのタイトルを獲得しているパウメイラスへの加入は後退だとは思わない。むしろパウメイラスでのプレーは大きなチャンスだと考えている。この一年が素晴らしいものとなり、シーズン終了後にはみんなで喜びを分かち合いたい。」と続けた。
パウメイラスの監督はポルトガル国籍のアベウ・フェヘイラ(Abel Ferreira)監督。フラメンゴ時代にはホルヘ・ヘスス(Jorge Jesus)監督、パウロ・ソウザ(Paulo Souza)監督と二人のポルトガル国籍の監督の下、素質を引き出され大きく飛躍した。戦術はフラメンゴ時代の二人の監督とは大きく異なるが、再びポルトガル国籍のアベウ・フェヘイラ監督のもと新たな可能性を見出し、2024年を欧州リーグへの捲土重来の足掛かりとなる一年にしたい。